最終更新2010年2月26日

おすすめしたい本


山崎豊子著,「沈まぬ太陽(一)〜(五)」,新潮社

 巨大航空会社のエリート社員であった主人公が心ならずも労働組合の委員長に選ばれ,御用組合を脱皮して本来の労働者の主張をはじめる。会社は主人公を10年以上にわたり中近東,アフリカとたらい回しする人事で報復する。500名以上の死者を出したジャンボ機の墜落事故を機に,主人公は再び会社の改革に挑む機会を得るが,壁は厚く,またアフリカへの異動を命じられる。主人公や主人公を取り巻く登場人物の描写を通して,人間の真実の生き方とは何かを考えさせられる。小説の形を取っているが,ほとんどは実際の出来事に取材したものらしい。なお,主人公の恩地元のモデルとされる人物が中国新聞2000年2月20日朝刊の「この人」欄に紹介されている。

山崎博敏著,「教員採用の過去と未来」,玉川大学出版部

 教員採用数の減少により,教師への道は厳しいものになっている。ところが,今後10年ほどの間に教員の需要は急速に回復する,という明るい見通しが述べられている。教員の需要を規定するものは子どもの数と退職教員の数とで,前者は減少がすでに止まり今後漸増に向かう,後者は1980年前後の大量採用教員の退職により急増する,という。綿密な統計に基づいており説得力がある。文部省による国立教員養成大学定員の5000人削減への疑問もわいてくる。なお,47都道府県別の教員需要予測もある。

椎名 健著,「錯覚の心理学」,講談社現代新書

 われわれがものを見たり聞いたりする際に経験する錯覚について,視覚の場合を中心に,わかりやすく,具体的な例をあげて,しかも,学問的な知見に基づいて解説されている。著名な錯視はほとんど取り上げられているほか,乗り物に酔う理由,写真を立体的に見る工夫,3Dビジョン,ランダム・ドット・ステレオグラムなど,興味深いテーマが幅広く扱われている。なぜ錯覚が生じるのかについて納得させる説明がある。

木下是雄著,「理科系の作文技術」,中公新書

 明快・簡潔を旨とした文章の書き方の指導書。論文,レポートの他に,手紙,説明書,学会講演なども扱われている。具体的な事例を示しながら,文章の組立て,表現の方法を,わかりやすく説明してあり,自分で書いてみようという気が起きる本。執筆メモなど,役に立つコツも含まれている。理科系に限らず,広い分野の人に参考になる。
 同じ著者による,木下是雄著「レポートの組み立て方」(講談社ブルーバックス)は,人文・社会科学系の人を対象にした本。

佐藤 信著,「推計学のすすめ−決定と計画の科学」,講談社ブルーバックス

 統計学の理論をわかりやすく解説してある。具体的な統計的方法のやり方を示したマニュアル本ではない。仮説検定,分布,差の検定,相関などの統計学の基本理論を,具体的でなじみやすい例をあげて,説明されている。この本を読んでおけば,統計学の基礎をふまえて,自信を持って具体的な適用ができる。1968年第1刷発行だが,これほど理解しやすい本は,その後もあまり見あたらない。
 同じ講談社ブルーバックスから出ている,豊田秀樹著「違いを見ぬく統計学−実験計画と分散分析入門」,柳井晴夫・岩坪秀一著「複雑さに挑む科学−多変量解析入門」,豊田秀樹・前田忠彦・柳井晴夫著「原因をさぐる統計学−共分散構造分析入門」も,統計学のそれぞれの分野をわかりやすく解説してある本。

教育研究会編,「教員になりたい人の本−採用から給与・仕事・生活・教育問題まで」,ダイヤモンド社

 教員という職業を幅広く紹介してある。採用,仕事,待遇,生活,老後など,教員の理念ではなく現実を教えてくれる本。教師の実践記録は多く出されているが,職業案内として現実を教えてくれるという意味で類書がない。
 同じ出版社から,公務員研究会編「公務員になりたい人の本−採用から給与・仕事・昇進・老後まで」も出ている。

法学書院編集部編,「家裁調査官への道−家庭・非行問題のエキスパートをめざすあなたへ」(改訂第3版),法学書院

 家庭裁判所調査官を志す人へのガイダンス。家裁調査官の仕事,待遇,受験案内の他に,現職の人からのメッセージ,試験合格者の体験談など。一般にはなじみのない調査官について,具体的に紹介している本で,類書がない。特に,合格者の受験勉強のやり方は,使った参考書名もあげられており,貴重。
 同じ出版社から出ている,法学書院編集部編「家裁調査官補T種試験問題と対策」は,受験勉強のための本。これも類書がない。

木村 泉著,「ワープロ作文技術」,岩波新書

 ワープロの機能を生かした作文技術が示されている。構想をたてる,書きおろす,磨く,の3つの段階ごとに,具体的,実践的で,有用なヒントが多くある。ワープロを単なる清書の道具として使うのではなく,下書きのはじめからワープロを活用して文章を書くのに役立つ。
 同じ著者による,岩波新書の「ワープロ徹底入門」,「ワープロ徹底操縦法」は,ワープロの使用上有用なヒントが示された本で,やはり役立つ内容を含んでいる。

藤原正彦著,「若き数学者のアメリカ」,新潮文庫

 1972年夏から3年間,ミシガン大学研究員及びコロラド大学助教授としてアメリカの大学で過ごした,若き数学者の体験記。アメリカの大学における研究者の厳しい競争,教員としての学生たちとの様々の交流,スタッフ間,特に研究至上主義者と教育重視主義者の対立・葛藤など,20数年前とはいえ,アメリカの大学の様子には驚かされる。宿題を欲しがる学生たち,徹底的に正義を貫いて職を失った数学者といったエピソードも多様。ユーモアと本音の語りには,思わず引きつけられる。著者は,現在お茶の水女子大学教授。

三木善彦・瀧上凱令・橘 英彌・南 徹弘編著,「心理の仕事」,朱鷺書房

 心理学を学んだらどのような仕事があるのかをまとめた,類書がない貴重な本。司法・行政,福祉,医療,カウンセラー,教育・研究職,民間企業の6つの分野ごとに,具体的な職場・職種をあげて,現職の人が仕事について語っている。全体の見通しを得るのに適している。
 同じ出版社から,三木善彦・黒木賢一編「カウンセラーの仕事」,山縣文治他編「福祉の仕事」という本も出ている。

W.J.マッキーチ著(高橋靖直訳),「大学教授法の実際」,玉川大学出版部

 「新任大学教師がその任務に就き,効果的教育を始める上で直面する多くの疑問に答える狙いで書かれた」本。著者は,ミシガン大学の心理学教授で,大学教授法の研究を長年行ってきた。大学の大衆化,大学教育の目標の多様化に伴い,大学の教員も教育方法に関心を持たざるを得ない。本書は,授業の準備,講義法,討論法などの教授方法,試験と成績の評定,教室の規律と秩序,学生の個別指導,授業評価といった幅広いテーマについて,役に立つコツを与えてくれている。なお,大学教授法に関しては,同じ出版元から他に数冊の本が出されている。
 原書は,ペーパーバックで読める。Wilbert J. McKeachie "Teaching tips: a guidebook for the beginning college teacher" (Heath)

坪田一男著,「理系のための研究生活ガイド−テーマの選び方から留学の手続きまで」,講談社ブルーバックス

 研究生活を送るためのノウハウを,著者(専門は眼科学)自身の体験に基づいて,具体的に披露している。研究生活をする上で必要な事項が,きめ細かく網羅され,非常に実践的に述べられているので,すぐに実行できることばかり。これから研究者の道を選ぼうとする人だけでなく,すでに研究者である人,学部の卒業論文に取り組もうとする人,研究者の生活に興味のある人など,また,文系の人でも参考になる。読むと,研究生活に明るい希望がわいてくる。なお,ゼミは(研究テーマではなく)指導教授の人柄で選ぶ,とか,論文の共著者には,4,5人までは,なるべく多くの人を含めるよう心掛ける,といった点など,読んだ人がよく考えた上で実行した方がよいことも含まれているので注意が必要。

笹木 望・太田晶宏・藤崎真美著,「新・HTML&CGI入門」,エーアイ出版

 ホームページ作成のための入門書として最適。ホームページとは何かから始まり,HTMLタグ,画像・音声・動画などのマルチメディア,CGIとSSI,JavaScript,作成したファイルをプロバイダのサーバーへ転送する方法まで,必要なことは一通り説明されている。ホームページ作成で必要なソフトウェアが収録されたCD−ROMも付属している。
 CGIについては,秋本祥一・古川 剛「CGIプログラミング入門」(翔泳社)もわかりやすい。マッキントッシュをサーバーに使うための,Cyber Barbarians「Macintoshインターネットサーバー構築術」(オーム社)も類書がなく役に立つ。

西尾 実・林 博校注,「日暮硯」,岩波文庫

 真田幸村の兄信之ゆかりの信州松代藩での藩政改革の記録。信之から時代が下り,藩の財政が困窮したとき,恩田木工という家老が幼君幸弘から命ぜられて5年間で財政の立て直しに成功する。藩内の領民に対して,「先づ第一に,虚言を言はざるつもり」,「総じて音物を一向受けず」と宣言し,協力を取り付ける。自らだけでなく,家族,親類に,縁切りまでも迫り,彼と同様に振る舞うことを約束させる。特殊な事例ではなく,一般的に,指導的地位に就く者のあるべき姿が示されている。

D.カーネギー著(香山 晶訳),「道は開ける」,創元社

 「人を動かす」と同じ著者による。多くの人間を苦しめるにもかかわらず,学問的に研究されることの少ない,「悩み」に関する書。悩みを解決するための3つの魔術的公式,悩みを分析するための基礎技術,実践的な悩みの克服法,疲労と悩みを予防する方法,などが示されている。「私はいかにして悩みを克服したか」の実話31編は,読む者を勇気づける。「本書はいわゆる読む本ではなく,新生活に進むための案内書だ」と,本の最後で著者が述べている。「人を動かす」と同じく実践的な本。
 原書は,ペーパーバックで読める。Dale Carnegie "How to stop worrying and start living" (Pocket Books)

林 峻一郎著,「リマの精神衛生研究所−ある国際技術協力の軌跡」,中公新書

 日本の経済協力による精神衛生研究所を開設するために,ペルーに派遣された精神科医の2年間の記憶を述べている。なかでも,日系の疫学者で厚生省に勤めるマツノ氏にまつわるエピソードが心を打たれる。恵まれない環境の中で過ごしてきたマツノ氏が,「いったことは実行する」著者に,「生涯に一度だけ,自分に優しくしてくれた日本人に会った」と非常に感謝しつつ,病に冒されて亡くなる。著者も,「偉大だが無名の人物がいて,また縁があって私が,その人の最晩年の心の平和のきっかけになったということ,それらを私は石に刻んでも書き記しておきたい」という。他のエピソードも含めて,人間の生き方を考えさせてくれる本。

野田俊作・萩 昌子著,「クラスはよみがえる−学校教育に生かすアドラー心理学」,創元社

 精神科医とカウンセラーによる,アドラー派の立場からの教育実践の提案。学校が本来の目的を果たす場とするため,学校経営,クラス経営を,競争原理から協力原理へと大胆に転換すべき。学校,クラス,教師が問題児を生んでいる。教師は,ファシスト型やアナーキスト型ではなく,コーディネーター型に脱皮しなければならない,と述べている。子どもたちが,協力,積極性,責任,援助などを身につけるようにするための具体的な方策も示している。内容には賛否両論あり得るが,現在の学校のあり方を考える上で,一つの示唆を与えてくれる。
 アドラー心理学に関する本としては,野田俊作「アドラー心理学トーキングセミナー−性格はいつでも変えられる」(アニマ2001)がある。対談形式で書かれた,とっつきやすい本。

無藤 隆著,「赤ん坊から見た世界−言語以前の光景」,講談社現代新書

 言語を獲得する前の,赤ん坊による世界の認識について,最近の研究をふまえて概説されている。赤ん坊の有能さ,人や物の世界の成立,基本的感情や愛着の形成,移動能力の獲得と認識発達の関係,表情や指さしによるコミュニケーション,言語獲得の基礎としてのカテゴリーの獲得など,広範囲にわたる内容を含む。新しい研究の内容も,具体的にたくさん紹介されている。赤ん坊は有能な存在であり,実に多様な学習をしていることに,誰もが驚かされる。最新の乳児研究を知るには最適の一冊。

M.アウレーリウス著(神谷美恵子訳),「自省録」,岩波文庫

 「古来もっとも多く読まれ,数知れぬ人々を鞭うち励ました書」とカバーにある。著者は,紀元後2世紀に生きた,ローマ帝国の皇帝で,ストア派の哲学者。多忙な日々の中で,考えたこと,感じたことを書きつづっている。人間は誰もが,いずれこの世から消え去るのだから,他人に寛容であれ,運命には忍耐せよ,と説いている。2000年近く前の人たちも,我々と同じことで悩み,怒り,苦しんでいたのかと,不思議な感慨を覚える。伊藤順康「自己変革の心理学−論理療法入門」(講談社現代新書)の中で,孤島に携えるとしたらこの1冊,と著者があげている本。

B. F. Skinner著, "Beyond freedom and dignity", Penguin Books

 新行動主義の大御所的存在だったスキナーの著作の1つ。人間は自由な意志を持たず,したがって,名誉や尊厳もその人自身に帰することはできない。スキナーが創始したオペラント条件づけの研究に基づいて,人間行動を制御すること,そのための社会的環境の改善をすること,を主張している。スキナーの情熱が紙面を通して伝わってくる。内容は過激なものだが,前半は,オペラント条件づけについての,わかりやすい解説にもなっている。
 日本語訳もある(波多野 進・加藤秀俊訳「自由への挑戦−行動工学入門」(番町書房))が,原書は平易な英語で書かれており,むしろ読みやすい。

M.シューヴァル・P.ヴァールー著(高見 浩訳),「笑う警官」,角川文庫

 1970年前後の,福祉社会といわれたスウェーデンを舞台とした,ストックホルム警視庁殺人課刑事マルティン・ベックを主人公とするシリーズの1冊。ベトナム反戦デモのあった,雨の降る夜に,ストックホルム市内で起こったバス車内での事件を扱っている。このシリーズは,主人公をはじめとする魅力的な登場人物を生き生きと描き,深みのある謎解きを含み,同時に,人生のあり方や福祉社会の意味を考えさせる,社会派の推理小説といえる。シリーズは全部で10冊からなり,原書は1965年から年1冊のペースで書かれている。本書は,アメリカ探偵作家クラブ最優秀長編賞を受賞した,シリーズ中で評価の高い1冊。

D.カーネギー著(山口 博訳),「人を動かす」(第2版),創元社

 人に好かれ,人を動かすための具体的な方法を,著者自身が集めた,多くの貴重な実例をもとに説いている。議論で相手を負かすことはできるが,相手を変えたり,動かすことにはつながらない。正論を述べながら,人に受け入れられないのはなぜかが,よくわかる。原書は,1936年に発行されてから1500万部以上を売ったといわれる。日本語を含めた各国語にも翻訳されている。この本を読まずして,人間関係は語れない。
 原書は,ペーパーバックで読める。Dale Carnegie "How to win friends & influence people (Revised edition)" (Pocket Books)

下條信輔著,「サブリミナル・マインド−潜在的人間観のゆくえ」,中公新書

 自由意志とそれに伴う自己責任に基づく人間観が,「人は自分で考えているほど,自分の心の動きをわかっていない」(潜在的人間観)という人間科学の成果によって,脅かされ崩壊しかねない状態になりつつある。そこから新しい人間観は生まれるのか。潜在的人間観を支える研究成果を,大脳生理学から社会心理学まで幅広く紹介し,その面についてだけでも参考になる本。引用文献・参考文献も多く紹介されている。

猪木省三のホームページへ戻る